全体として戦闘と戦争状況の恐ろしさ、そしてブラッドリー・クーパーの虚ろな目がヤバくて怖かった。というかブラッドリー・クーパー、戦場行く前から目が虚ろなのでこれは演技じゃなくてそういう顔なのかという気もしたが。
映画そのものは、映像、撮影、テンポ、どこをとっても老人が作った映画とは思えないキレで、誰か気鋭の監督が撮ったようでもあり、しかも巨匠の重厚感もあった。
混乱した戦場の中でギリギリの神経戦を繰り広げるスナイパー同士の対決が特に凄かった。周辺の重厚な戦争状況描写は全てこの対決の為のお膳立てなのでは、というぐらい。
相手側の凄腕スナイパーはほぼ創作らしいのだが、ならばこの映画自体、別にクリス・カイルの実話を元にしなくていいんじゃないか、という気にはなった。実話ベースだからこそ重みが違うと言うのは虚構の力を舐めてるし、しかもイーストウッドなら充分やれるだろう。その上で数多の命を奪った主人公に対して何らかの落とし前を映画として用意して、フィクションとして完成させてくれたら一層良かった。これは実話だからラストはああいう幕引きだったけれど、もし最後の事件がなかったら(事件は映画化決定の後に起こったそうな)どう決着をつけていたのかも気になるところだ。
あと色々話題になっていたが、イラク戦争に関しては劇中では別段肯定も否定もしていなかった。ただ淡々と状況だけを描いていた。しかし911から地続きにイラク戦争へ突入していくので、クリスの愛国心が虚偽により立脚しているという説明はなく、既にイラク戦争に大義が無かったことは周知の事実なのでわざわざ説明するまでもないということかも知れないが、素直に観れば、確かに戦争は悲惨で人間も疲弊するものの、一方で国を守るという大義はある、というふうに捉えられても仕方ないと思った。
戦争そのものに関しては、残酷さやPTSDの描写で戦争の負の側面を見せつつ連帯の高揚や英雄性も描いていて、今作がクリス・カイルという1人の個人のドラマで直接に政治的主張をする作品ではないことは分かったが、観たい部分だけを観る観客もいるだろうから、全体の一部でしかないヒロイックな部分で戦意を高揚させられるというのはあるとも思った。
もちろんちゃんと観ていれば、帰国したクリスが銃を家庭で呑気に弄ぶ描写などで、ラストへ至る病理が丁寧に語られていることは分かるのだけど。
あとこれも話題になってたエンドロール。静寂の中を吹きすさぶ風の音がゴォーゴォーなって凄いな、とか思っていたらエンドロールでさっさと退場していく観客が密閉ドアを開閉する度に入ってくる風の音が劇場に響いていただけだった。無音だったのね…。それはそれで良かったんだけど。