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yudutarouログ

Twitter(ID:yudutarou)で観た映画を確認しようとしたら非常に面倒だったので、メモになるつぶやき(主に映画とか音楽)を移植。なので2014年まで時系列バラバラ。

ダンサー・イン・ザ・ダーク

    アメリカの田舎町で息子とともに暮らすチェコ移民のセルマ(ビョーク)は、時が経てば視力を失うという息子の遺伝性の病を治す手術代を稼ぐために働き続けていた。しかしセルマ自身も病が進行していて、それと同時に大好きなミュージカルを妄想するという性癖も拡がり、工場での仕事も危ういものになりつつあった、というストーリーのラース・フォン・トリアー監督作。

    変な映画だ。そして酷い。

     物語は救いが無く、主人公を含めてキャラクターたちは全員手前勝手。トリアーはヨーロッパ三部作で映像美と構築美を駆使して陰鬱な世界にもかかわらず高揚を与えてくれたが、生々しさを前面に押し出した画面でトリアーの鬱々とした気分を見せられるだけだとかなり辛い。登場人物たちの少しズレた行動や、突然ミュージカルシーンに突入する変な感じには『ニンフォマニアック』でも醸し出されていた独特のユーモアがあるが、基本的にそのユーモアも人を高みから笑う視点で、そこを補うようには感じられなかった。

     現実場面のシーンとは違う安定したカメラで写し出され、どんな人物も相互理解が出来るかのように描かれる妄想のミュージカルシーンがセルマと観客にとって唯一の救いと言えるが、しかしそれも決して現実の中には侵食しない。これはミュージカル(映画)が現実逃避の手段にはなり得ても、現実の救いにはならないという表明に見えて、なんでそれで映画を作ってるのだろう、という気にさせられる。

    などと言いつつも、ビョークの猫的な可愛らしさをフィルムに焼き付けたという点だけでも、彼女のモンスター的アーティストイメージが肥大化した今の目からみれば充分な価値がある。劇中の人物たち、特に友人のキャシー(カトリーヌ・ドヌーヴ)はなぜかセルマに行き過ぎなほどの善意と親切を与えるのだが、それはセルマ=ビョークの放っておけないアイドル性があればこそ納得の行動とも思える。

    なので今作は嫌な映画だが、ビョークが歌い踊るアイドル映画としては良いのではないかという、変な映画だった。


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