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yudutarouログ

Twitter(ID:yudutarou)で観た映画を確認しようとしたら非常に面倒だったので、メモになるつぶやき(主に映画とか音楽)を移植。なので2014年まで時系列バラバラ。

黄金時代 / ミハル・アイヴァス 著 阿部賢一 訳

書籍
    前半は主人公である『私』がプラハで回想する、カーボベルデカナリア諸島の間に位置するとある島に滞在した際の不思議な文化の見聞録になっていて、食生活、居住環境、言語、生業その他様々な角度からその島の有り様が記されていくのだが、島民の価値観が何となく分かってきたかな、という感覚になりかけるとスルリと理解が逃げていくような、結局島民の価値観はほとんど理解出来ないことが理解出来るのみという感覚で読み進んでいった。それでもその不思議な世界観と水が流れ落ちる町のイメージ(訳者あとがきで垂直のベネチアと書いてあるのが分かりやすい)が幻想的な世界を脳内に拡げていくのが気持ちいいので全く苦にはならない。そして後半の主役の『島の本』の特徴である脱線と分岐を繰り返していく語り口がこの前半部分にも登場していて、舞台は島からパリ、プラハに飛び、話題も地理、風俗から文法に及ぶなど既に小説世界が『島の本』に織り込まれいるような感覚を(後半に進んでからだが)感じていく。
    そして後半はその島で唯一存在する『島の本』の内容紹介になっていて、ここで語られるのは主人公が島に滞在していた間に読み得た形、という留保が附されている。というのも『島の本』は島民の手から手へ渡っていき、それぞれが好きに書き足したり(それは頁の間のポケットに蛇腹状に挿入されたりもする)、流通の間に頁が失われたりして絶えず内容が変容していくという代物で、また島には本と呼ばれるものはその一冊しか存在していないという設定だからだ。
    『島の本』で語られるのは中世と神話的世界の間のような舞台で繰り広げられる血縁を中心とした愛憎の物語で、前半部分でおよそ既知の価値観とは相容れないような島の文化を提示しているだけに拍子抜けするほど古典的な物語の印象を受ける。とはいえ島の幻想的な世界観に相応しく入れ子形式に物語が深化したり、その中の枝葉の物語が本の特性である書き足し、削られといった行為により元の物語から逸脱した為にかつては円環のような構造になっていたかも知れないことを想像させる関係性をもっていたり、物語内に登場する芸術作品のグロテスクな美しさがあったり、など独立した読み物として面白い。その上でこれを書き記してきたのが異質な価値体系をもつ島民たちであるという前提が相まって不思議な気分を醸し出してくる仕掛けもあった。
   また、本筋から枝葉へと無数に拡がるさまは、まるでウェブ空間の奥行きを本というフォーマットが始めから内包していたというところまで想像させて、書物への無限の可能性と愛を感じさせてくれた。島の見聞録という形で未知の世界を覗き見ることから始まる冒険が、やがて本を読むという体験と同期して更なる探検へ誘っていき、本の迷宮へと迷い込んでいく感覚によって幻想小説としての醍醐味を存分に堪能させてくれる長篇だった。

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