主人公沙羅はなかなか芽が出ない境遇とはいえ、人形の欲望と呼応するような渇望があるわけでなく、女優としてのエゴや上昇志向が人形の狂気とどこかで同調して合わせ鏡のようになっていく仕掛けがなければテーマや人形そのものに深みが感じられないと思ったがどうなんだろう。 人形のルーツにしても若さを追い求める狂気の原因としては弱過ぎるし、アイドル映画としても作られているので仕方ないが、メインキャラクターの誰もがただ若く、普通に美人であり、女優側に老いを意識し始めて若さと美を希求するような立ち位置の人物を配置していないこともテーマが活かされていない原因になっていると感じた。
いよいよ人形が暴れ回るぞ、というところでは、惨劇が予想される場所に沙羅と唯一の理解者である和泉か不在で、同情する気分になれないキャラクターしか残っていない為に緊張感が生まれないのもサスペンスとしてどうかと思った。もっとも共感するべき数少ない善人キャラである和泉も舞台の本番直前に沙羅と一緒に人形のルーツ探しに出かける責任感の欠如ぶりで唖然とさせられる程度のキャラクターだったし、主人公の沙羅も自宅に帰ってボタンひとつ外さずに飯を食ってるような、何を考えているかよく分からない人物なのでそもそも誰が狙われてもあんまりドキドキしない。
ということでテーマやキャラクターにはさっぱり深みを感じなかったが、そんなB級ムードにフィルム映像が相まった中で球体関節人形がカクカク襲ってくるというシチュエーションが「Jホラー」の新作というよりは日本製怪奇映画の復古作品という趣きがあって、そういう意味で実は楽しかった。タイトルも『劇場霊』より『怪奇!人形女』とか『魂を吸う人形』みたいなほうが確実にしっくりくる感じで、たまにはこういうのも観たくなる、という作品だった。