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yudutarouログ

Twitter(ID:yudutarou)で観た映画を確認しようとしたら非常に面倒だったので、メモになるつぶやき(主に映画とか音楽)を移植。なので2014年まで時系列バラバラ。

沈黙 (2016・米)

映画(劇場)

    江戸初期、若きポルトガル人宣教師、ロドリゴアンドリュー・ガーフィールド)とガルペ(アダム・ドライバー)は日本で棄教したとされる恩師フェレイラ(リーアム・ニーソン)を見つけ出して真相を確かめる為、キリシタン弾圧下の長崎へと向かう。マカオで出会ったキチジロー(窪塚洋介)という日本人を案内役にようやく長崎へ潜入したロドリゴたちをイチゾウ(笈田ヨシ)やモキチ(塚本晋也)たち潜伏キリシタンが迎い入れる。しかし彼らは井上筑後守イッセー尾形)の徹底したキリシタン狩りの脅威にさらされていた…。
監督、脚本:マーティン・スコセッシ、脚本:ジェイ・コックス、原作:遠藤周作、撮影:ロドリゴ・プリエト、プロダクションデザイン、コスチューム:ダンテ・フェレッティ。

 

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    異郷探検と人探しの物語としての面白さもあるし、単純に信仰が素晴らしいという映画でもなかった。スコセッシはカトリックを否定しているわけではもちろんないと思うけど、団体としての宗教や国家という形式ではなく、あくまで個々人の信念そのものを善悪を超越して描いていて、その姿勢はこれまでの社会からはみ出したタクシードライバーやヤクザ者、金融屋の描き方と一貫していた。

 

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    今作を見てカルトだろうと何だろうと信じることが素晴らしいと勘違いする人が出てきそうなのは怖いが、カトリックを伝道する若者2人を若さゆえの盲信を感じさせるアンドリュー・ガーフィールドとアダム・ドライバーに演じさせていることからも団体への忠誠を危うさ込みで描いていることが窺えたし、それは国家と密着している当時の日本仏教の描き方とも共通していた。最終的に神を見出すのが、国家や宗教団体などの組織から外れてしまった者というところもスコセッシらしい。

 

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    あと凄かったのは暴力描写とそれを受ける日本の役者陣で、ふんどし一丁で本気の水責め受ける塚本晋也が中でも鬼気迫っていた(それをやらせるスコセッシも怖いが)。観ていて本気で辛くなる場面になっていて、役者としての塚本晋也、凄まじかった。初期の自作ではちょっとナルシズム入った2枚目だったのに、ここまでやるのかと思った。あとイッセー尾形井上筑後守はキャラ作りすぎてる気もしたけど、見てたら段々慣れたかな。出ずっぱりの窪塚洋介はもちろん、加瀬亮浅野忠信も良かった。

 

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    全体として日本人が欧州からの目線で記した日本の見聞録を米国人が台湾で撮影して映画にしている複雑な成り立ちながら、驚くほど原作に忠実で、時代劇としても違和感を感じなかった。さらには要所で映画的見せ場を用意してダレさせず飽きさせない作りで、スコセッシの安定しつつも若々しく新鮮で冴えた演出を堪能出来る見応のある作品だった。

 

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映画『沈黙-サイレンス-』本予告 - YouTube

 

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