拡張高さとダークな雰囲気が味わい深く、映像でしか出せないショック表現を駆使したヒッチコックの映画版とは全く異なる印象の表題作『鳥』を始め、SF的展開が楽しめる『モンテ・ヴェリテ』『裂けた時間』、幻想的な『恋人』『番』『林檎の木』、ミステリー調の『写真家』『動機』など、どの短編もツイストが効いていて楽しかった。特に簡潔な文章で単純に善悪に振り分けられない人物像を活写して、その人物たちが持つ少しの秘密や弱さなどの僅かな心の隙間から事件や物語を拡げていく語り口が読んでいて快感だった。そしてどの作品も根底に抑圧された怒りのようなものが感じられて、それが作品集全体に不穏なムードを与えているように思えた。