評伝や自伝の主役となるほどの映画監督であれば通常持ち得るだろう自作への自負心や思い入れが希薄に感じられて、このスタンスは撮影所のシステムが機能していた時代の監督ならではの感覚や職業監督しての矜持から出ているものなのか、などと考えつつ読み進めていくと、終盤の大分に移住してから磁粉体製造装置を開発するなど映画と縁が切れてからの話の方が遥かに熱量が高くなっていて、元々の自作に対するスタンスもあっただろうが、自伝を著述している時点での本人の意識は移住後の方がリアルで現在進行形の物語なのだから、過去の作品への距離感が独特になっているのも納得、となった。なので映画監督の物語としてはちょっと変わっていて、そこが面白いと言えば面白かった。
ただし曽根中生へのワイドショー的関心として映画界から消失した辺りの事柄がサラリと流されているので、そこはもうちょっと教えてくれよー、とは思った。