そして後半はその島で唯一存在する『島の本』の内容紹介になっていて、ここで語られるのは主人公が島に滞在していた間に読み得た形、という留保が附されている。というのも『島の本』は島民の手から手へ渡っていき、それぞれが好きに書き足したり(それは頁の間のポケットに蛇腹状に挿入されたりもする)、流通の間に頁が失われたりして絶えず内容が変容していくという代物で、また島には本と呼ばれるものはその一冊しか存在していないという設定だからだ。
『島の本』で語られるのは中世と神話的世界の間のような舞台で繰り広げられる血縁を中心とした愛憎の物語で、前半部分でおよそ既知の価値観とは相容れないような島の文化を提示しているだけに拍子抜けするほど古典的な物語の印象を受ける。とはいえ島の幻想的な世界観に相応しく入れ子形式に物語が深化したり、その中の枝葉の物語が本の特性である書き足し、削られといった行為により元の物語から逸脱した為にかつては円環のような構造になっていたかも知れないことを想像させる関係性をもっていたり、物語内に登場する芸術作品のグロテスクな美しさがあったり、など独立した読み物として面白い。その上でこれを書き記してきたのが異質な価値体系をもつ島民たちであるという前提が相まって不思議な気分を醸し出してくる仕掛けもあった。
また、本筋から枝葉へと無数に拡がるさまは、まるでウェブ空間の奥行きを本というフォーマットが始めから内包していたというところまで想像させて、書物への無限の可能性と愛を感じさせてくれた。島の見聞録という形で未知の世界を覗き見ることから始まる冒険が、やがて本を読むという体験と同期して更なる探検へ誘っていき、本の迷宮へと迷い込んでいく感覚によって幻想小説としての醍醐味を存分に堪能させてくれる長篇だった。